「運命の扉 NO.11」 ~ 人形の家 ~

『運命の扉 NO.11』 ~ 人形の家 ② ~

短大を卒業した彼女はある大手商社に勤め始めた。
研修が終って配属された部署は宣伝部だった。
宣伝部は外部との接触も多く、そこに現れたのがある広告宣伝会社に勤める6歳年上の
今の御主人だった。
会社に勤めて半年も経たないうちに彼女は結婚を決め退社する事になった。

「折角、大手の会社に勤めたのに・・・。何も今すぐ結婚しなくても・・・」と両親は
大反対だったと言う。

しかし若さゆえに結婚退職の道を選んだ彼女は自分の思いのまま家庭へと入っていった。
20歳そこらの新妻は御主人の願いもあって、毎日家に居て家事中心の生活になった。
子供も出来ないまま、それでも5年の月日が幸せに流れていた。

彼女は25歳の時、始めて妊娠をする。
翌年、彼女は待望の男の子を産むがこの頃から御主人の行動に疑問を持ち始めた。
しかし、初めての育児に毎日の生活を追われ、御主人の行動までには目は届かなかった。

両親の大反対で結婚した手前、安易に頼る事もできず一人で育児との戦いの日々を
続けなければならなかった。

4年後、彼女は又妊娠をする。
翌年、彼女は女の子を産んだ。
2人目とあって初めての時のように育児ノイローゼにも悩まされる事はなかったが、
毎日帰ってこない御主人との関係は徐々に冷え切っていった。

世間知らずの彼女にとって、御主人の「浮気」は許しがたいものだったし、
平気でトボケル御主人の行動に最初は喚いて問い詰めたり大喧嘩になったりで離婚の話も
何度もでた。
しかし、小さな子供の事を考えるとそれも出来ず、
ただ、ただ、その都度、修羅場になる我が家を次の日片付ける自分に我慢する事だけが
彼女の生活の一部になっていった。

御主人の浮気は永遠に懲りず、
長男が小学校6年生の時などは、御主人の浮気相手の女が家を訪ねて来て3日も立て篭もり彼女に別れを迫った事もあった。
これまで、そんな事は1回や2回ではなかった。

それ以来、子供達も御主人とは話もせず3人で過ごす時間が多くなり、いつしか彼女は心に大きな空しさを覚えていた。

それでも母子家庭のような生活の中で、子供達の成長だけが楽しみになり、同じ痛みを
知っている子供達とは普通の家庭以上に仲が良かった。

彼女は40歳の時に息子から誕生日プレゼントにお芝居のチケットを貰った。
それはイプセンの『人形の家』をモチーフにした素人劇団のお芝居だった。

そのお芝居を見た時、彼女の中で何かが変わった。
そして、その後何も出来ないほどの衝撃を受けた。

帰りがけに買った『人形の家』の本をその日のうちに何回も読み直した。

その主人公のノラに自分を重ねた彼女は、今まで何もしなかった自分に情けなさを感じ、
ある大きな決心をした。

彼女の空しさを見抜いていた子供達は、彼女が働きに出る事に直ぐに賛成してくれた。
「大丈夫だよ。僕も、もう中学生だし、お母さんが帰ってくるまで妹の面倒は僕がみられるよ。頑張って!お母さん!」
子供達の思いやりに触れて、初めて彼女は子供達の前で泣いた。

それから彼女は御主人に黙って近くのスーパーでレジ打ちのバイトをしたり、お弁当屋さんで仕出しのバイトを始めた。

御主人に内緒にするつもりはなかったが、帰って来なかったり帰って来ても朝方帰り
洋服だけ着替え出かけて行く御主人には言う機会がなかった。

彼女はバイトを始めて半年が経つ頃から、御主人から頂く1ヶ月分のお金をすべて貯金し、
自分のバイト代で今の生活をやってみようと思った。

その時、初めて一体、御主人が会社から幾ら給料を貰っているのかも知らない事に
気が付いた。
毎月夫から頂く生活費しか、彼女は知らなかった。

それから子供達の物は勿論、自分の物すべて、自分の稼いだお金から出すようになった。

鑑定の日に彼女が身に着けていた洋服も時計もバックも香水もすべて彼女が稼いだお金で
買った物だった。

42歳の時、彼女はバイト先の女子大生に進められてドライフラワーの学校に通い始めた。

今回の占い鑑定はドライフラワーの学校で知り合った友達とお店を開くための準備と
自分自身の自立の相談だった。


③につづく

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック